排水ポンプのお届け

6月13日から17日まで、私たちはエヤワディー管区の中でも一番被害のひどかったラプタ町の4つの集落(ラプタには50の村、395の集落があります)に排水用のポンプ5セットと6メートル正方形の防水シート15枚を届けてきました。

6月13日、ヤンゴンからラプタ行きのバスが出たのは夜7時半、車内は乗客も荷物もいっぱいでした。2回の休憩を取って、ラプタに着いたのが6月15日の朝8時でした。バス停から直接お店に行き(排水ポンプセットはヤンゴンで注文し、ラプタの店に受け取ることになっていました)、排水ポンプセット5セット「1セットにつき排水ポンプ1つ、ポンプ管2つ、エンジン油1ガロン、ディーゼル油5ガロン」を受け取りました。

 

そ の後は(ラプタの南側河口にある集落で家の建て直し等復興支援を行っている)ミャンマー人ボランティアグループと打ち合わせし、ポンプセットを贈呈する集 落の状態について説明してもらいました。現在はラプタや周辺にある避難所にいた被災者たちが自分たちの集落に戻りつつあること、家の建て直しや集落の作り 直し等を行っていること、そのなかでも一番困っているのはそれぞれの集落や村に飲料水用の人工溜池がいくつかありますが、サイクロンの時高波や洪水で海水 が入ってしまったため飲料水がなくて生活が大変になっていること、溜池の中の海水を排水ポンプで全て出して溜池をきれいにすることが最優先であることを説 明してくれました。彼らが救援活動している集落のうち、4つの集落を回って排水ポンプセットを贈呈することになりました。

6月15日、早朝から大雨や強風でしたので、ラプタ港に出航の禁止警報が出ていました。その日は集落に行けなかったのでラプタ町内の寺子屋小学校を訪ねました。日曜日のため子供たちはいませんでしたが、僧侶からサイクロン当時の状況や現在の復興状況を聞くことができました。

6月16日、前日の雨、風が少し落ち着いたので、借りていた小舟でラプタを離れることがやっとできました。ラプタから南に向って1時間半、最初に着いたのは「カニィンクイン」という400世帯が住んでいる集落でした。「カニィンクイン」には寺子屋小学校もあり、勉強している子供たちもいました。集落の中には3つの溜池があったので、排水ポンプセット2つと防水シート5枚を贈呈しました。村人たちは排水ポンプを直ぐに溜池に持っていて、早速排水作業を行っていました。

「カニィンクイン」から次の集落までは海の方に向かって小川を下っていきます。次は「ダウンチャウン」という集落で、現在60世帯、180人が生活しています。この集落はサイクロンで280人の死者・行方不明者が出ましたので、今は生き残っている住民たちで、村の建て直しをがんばっていました。この集落にも排水ポンプセット1つと防水シート5枚を贈呈しました。

次の集落は河口にある「コンジース」で今は50世帯、426人が住んでいますが、この集落にも319人の死者・不明者が出ました。海に近かったので、サイクロンの傷痕がいっぱい残っていました。この村ではサイクロン当時、高波、強風、大雨の中で大きく揺れているココナツの木を10時間以上も必死に抱き掴んで生き延びた一家4人の話を聞くこともできました。2004年のスマトラ沖地震の時に「コンジース」にも津波が来て、高波にさらわれながら奇跡的に生き残った子供が今回のサイクロン時にもココナツの木を抱き掴んで生き延びたという話も聞きました。他には、この集落の最年長の80歳 のおばあちゃんが一人で生き残っていて(家族は全員亡くなったそうです)村人たちが面倒見てくれているそうです。聞いた話の内容は大変なことばかりです が、淡々と話してくれる村人たちに暗い表情はなく、周りにも遊んでいる子供たちも元気そうで、カメラを向けると笑顔を見せてくれる姿から「今を生きてい る」感じが強く伝わってきました。この集落にも排水ポンプセット1つを贈呈しました。

4つ目の集落「マレージーコン」からは村人たちが小舟でポンプセットを受け取りに「コンジース」の船場まで来てくれました。「マレージーコン」には今50世帯、191人が生活していますが、サイクロンで96人の犠牲者が出ていました。「マレージーコン」にも排水ポンプセット1つと防水シート5枚を贈呈しました。

私たちが持っていた救援物資を全部渡しましたのでラプタに戻り、その日の午後7時半のバスでヤンゴンに帰りました。帰りのバスの中も満席の上、座席の下には生蟹が入っている籐の箱がいっぱい詰め込んでありました。

被害の一番ひどかったところへ救援物資を届けることができて、スタッフも喜んでいました。被災地への支援状況や現状について色々な報道、情報が混雑してい ますが、私たちが見た被災地の現状は、悲惨な状態がなく、災害から立ち上がって現実を一生懸命がんばって生きている被災者たちの姿がありました。彼らの努 力を敬意を払いながら、私たちができることを今後も支援していきたいと思います。